新規事業の失敗を防ぐ:リスクマネジメント基本プロセスと安全対策チェックリスト
新規事業の立ち上げや推進には、大きな期待とともに、様々な不確実性や潜在的な「失敗」の可能性が伴います。これらのリスクに適切に対処できるかどうかが、事業の成否を大きく左右すると言えます。事業経験が浅い場合、何がリスクになり得るのか、どのように対応すれば良いのかが分からず、不安を感じることもあるかもしれません。
本稿では、新規事業を成功に導くための重要な準備として、リスクマネジメントの基本的なプロセスと、失敗を防ぐための実践的な安全対策の考え方について解説します。
新規事業におけるリスクマネジメントの重要性
リスクマネジメントとは、事業やプロジェクトにおいて発生しうる潜在的な問題(リスク)を事前に特定し、その影響や発生可能性を評価し、適切な対策を講じる一連の活動です。新規事業においては、前例がないことや未知の要素が多いことから、リスクマネジメントの重要性が特に高まります。
効果的なリスクマネジメントを行うことで、以下のようなメリットが期待できます。
- 予期せぬ問題発生による事業の中断や失敗を回避または最小限に抑えることができる
- リスク発生時の損害(財務的、信用的など)を軽減できる
- 限られたリソースを効果的に配分し、優先度の高いリスクに集中できる
- 関係者間のコミュニケーションが促進され、共通理解に基づいた意思決定が可能になる
- 不確実性の高い状況下でも、自信を持って事業を推進できる
リスクマネジメントの基本プロセス
リスクマネジメントは通常、いくつかのステップを経て実行されます。ここでは、新規事業に適用しやすい基本的なプロセスを解説します。
- リスクの特定 (Identification): 事業において発生しうる潜在的なリスクを洗い出すプロセスです。
- リスクの評価 (Assessment/Analysis): 特定されたリスクについて、発生する可能性とその影響度を評価し、優先順位を決定するプロセスです。
- リスクへの対策 (Treatment/Response): 評価されたリスクに対し、適切な対応策を検討・実行するプロセスです。
- リスクの監視・レビュー (Monitoring & Review): リスクとその対策の状況を継続的に確認し、必要に応じてプロセス全体を見直すプロセスです。
今回は、特に新規事業担当者にとって最初の一歩となる「特定」「評価」「対策」のステップに焦点を当てて具体的に見ていきます。
ステップ1:リスクの特定
リスク特定は、事業を進める上で「何が問題になり得るか」を漏れなく洗い出す工程です。この段階が不十分だと、後の評価や対策の精度が低下するため、非常に重要です。
リスク特定の具体的な手法
様々な手法がありますが、新規事業で比較的取り組みやすいものをいくつかご紹介します。
- ブレインストーミング: チームメンバーや関係者を集め、「この事業で失敗しうること」「懸念されること」などを自由に発言し、リストアップする方法です。多様な視点を取り入れることができます。
- チェックリストの活用: 過去の類似事業の失敗事例や、一般的な事業リスクカテゴリ(市場、技術、財務、法務、組織、オペレーションなど)をまとめたチェックリストを参照しながらリスクを洗い出す方法です。網羅性を高めるのに役立ちます。
- SWOT/PESTLE分析からの示唆: 事業の強み(Strengths)・弱み(Weaknesses)・機会(Opportunities)・脅威(Threats)を分析するSWOT分析や、政治(Political)・経済(Economic)・社会(Social)・技術(Technological)・法務(Legal)・環境(Environmental)といった外部環境を分析するPESTLE分析の結果から、潜在的なリスク要因を抽出することができます。
- 専門家・経験者へのヒアリング: 経験豊富な経営者、業界の専門家、コンサルタントなどから、新規事業に潜むリスクについて意見を求めることも有効です。
- 事業計画の要素分解: 事業計画を細分化し、各要素(製品開発、マーケティング、販売、製造/提供、組織体制、資金計画など)ごとに、「ここで問題が発生するとどうなるか」「何がうまくいかなくなる可能性があるか」を具体的に検討します。
リスクをリストアップする際のポイント
洗い出したリスクは、後続のプロセスで扱えるように明確に記述することが重要です。
- 具体的に記述する: 「売れないリスク」ではなく、「ターゲット顧客が想定価格で購入しない可能性」「競合の新製品により市場シェアを失う可能性」のように、何が、どのような状況で、どのような影響をもたらす可能性があるかを具体的に記述します。
- 原因と結果を明確にする: 「〇〇が原因で、△△という事象が発生し、結果として□□という影響が出る可能性がある」という形で整理すると、後の対策を立てやすくなります。
- 表現を統一する: リスクを表現する際の文体を統一すると、リスト全体が整理されて見やすくなります。
ステップ2:リスクの評価
特定されたリスク全てに等しくリソースを投入することは現実的ではありません。リスク評価の目的は、特定されたリスクの中から、対処すべき優先順位を決定することです。一般的には、「発生可能性」と「発生した場合の「影響度」」という二つの軸で評価を行います。
発生可能性の評価
リスクが実際に発生する確率や頻度を評価します。過去のデータ、類似事例、専門家の意見、チームの経験などに基づいて、以下のような尺度で評価することが一般的です。
- 高い (例: ほぼ確実に発生する、頻繁に発生する)
- 中程度 (例: 発生する可能性がある、時々発生する)
- 低い (例: 発生する可能性は低い、まれにしか発生しない)
定量的な評価が可能であれば、具体的な確率(例: 80%以上、30-80%、30%未満)を用いることもあります。
影響度の評価
リスクが発生した場合に、事業に与える損害や影響の大きさを評価します。影響は、財務的な損失、信用の失墜、事業の遅延、顧客離れ、法的な問題など、様々な側面から検討する必要があります。
- 壊滅的 (例: 事業継続が困難になるレベルの損害)
- 重大 (例: 事業目標達成に著しい影響、大きな財務的損失)
- 中程度 (例: 事業計画に遅延が生じる、一定の財務的損失)
- 軽微 (例: 小さな遅延、限定的な影響)
リスクマトリクスによる優先順位付け
発生可能性と影響度の評価結果を組み合わせることで、リスクの総合的なレベルを判断し、優先順位を決定する「リスクマトリクス」がよく用いられます。
| | 影響度: 軽微 | 影響度: 中程度 | 影響度: 重大 | 影響度: 壊滅的 | | :----------- | :----------- | :------------- | :----------- | :------------- | | 可能性: 高い | 中 | 高 | 極めて高い | 極めて高い | | 可能性: 中 | 低 | 中 | 高 | 極めて高い | | 可能性: 低い | 低 | 低 | 中 | 高 |
このマトリクスにおいて、「極めて高い」「高」と評価されたリスクは、優先的に対策を検討すべきリスクとなります。ただし、事業の性質やリスクに対する許容度によって、このマトリクスや評価基準は調整する必要があります。
ステップ3:リスクへの対策
リスク評価で優先順位が高くなったリスクに対して、具体的な対策を検討・実行します。リスクへの対策には、主に以下の4つの基本的なアプローチがあります。
- 回避 (Avoidance): リスクを発生させる活動そのものを中止または変更し、リスクを完全に排除するアプローチです。
- 例: リスクの高い特定の技術を採用しない。不確実性の高い市場への参入を見送る。
- 低減 (Mitigation): リスクが発生する可能性を低くする、または発生した場合の影響度を小さくするための対策を講じるアプローチです。最も一般的に用いられるアプローチです。
- 例:
- 可能性低減: 徹底的な市場調査を行い、顧客ニーズとのずれリスクを減らす。システムの冗長化やテストを十分に行い、システム障害リスクを減らす。
- 影響度低減: 複数サプライヤーからの調達により、単一サプライヤー依存リスクによる供給停止の影響を減らす。保険に加入し、特定の事故による財務的影響を軽減する。
- 例:
- 移転 (Transfer): リスクに伴う損失や責任を、第三者に移すアプローチです。
- 例: 保険会社にリスクを移転する(保険加入)。アウトソーシングにより、特定のオペレーションリスクを委託先に移転する。契約条項によってリスク負担を相手方に移転する。
- 受容 (Acceptance): リスクを認識した上で、特別な対策を講じずに、リスク発生時の結果を受け入れるアプローチです。発生可能性と影響度が共に低いリスクや、対策コストがリスクによる損失を上回る場合に選択されることがあります。
- 例: 小さな遅延リスクは許容する。限定的な初期投資の損失リスクは、得られる機会と比較して受容する。
具体的な対策の立案と実行
リスクへの対策は、漠然としたものではなく、誰が、いつまでに、何を、どのように行うのかを具体的に定義する必要があります。
- 対策内容: どのような行動をとるのかを明確に記述します。
- 担当者: その対策を実行する責任者を明確にします。
- 実施期限: いつまでにその対策を実行するのか期限を設定します。
- 必要なリソース: 対策実行に必要なコスト、人員、時間などを把握します。
対策を立案したら、それを実行に移し、計画通りに進んでいるかを確認することが重要です。
安全対策チェックリストの活用例
リスク特定、評価、対策の各ステップで、以下のようなチェックリスト形式の問いを活用することで、漏れなく効率的に作業を進めることができます。
リスク特定チェックリスト(抜粋)
- 市場の変化(顧客ニーズ、トレンド)による事業への影響リスクを検討しましたか
- 競合他社の出現や戦略変更による影響リスクを検討しましたか
- 主要な技術要素が期待通りに開発または機能しない技術的リスクを検討しましたか
- 必要な資金調達が計画通りに進まない財務リスクを検討しましたか
- キャッシュフローが悪化し、資金繰りに行き詰まる財務リスクを検討しましたか
- 関連法規制の変更や新たな規制導入による影響リスクを検討しましたか
- 必要な許認可が取得できない法務リスクを検討しましたか
- 必要な人材(スキル、経験)が確保できない組織リスクを検討しましたか
- 重要なオペレーション(製造、物流、サービス提供など)に支障が出るリスクを検討しましたか
- 自然災害、サイバー攻撃、風評被害などの外部環境リスクを検討しましたか
リスク対策検討チェックリスト(抜粋)
- 特定された高優先度リスクに対し、回避、低減、移転、受容のいずれかの対策方針を決定しましたか
- 対策方針に基づき、具体的な実行内容を定義しましたか
- 対策実行の担当者と期限を明確に設定しましたか
- 対策実行に必要なリソース(予算、人員、時間)を確保しましたか
- 複数のリスクに共通する対策がないか検討し、効率化を図りましたか
- 対策実行後の効果測定方法や、リスク状況の変化を監視する方法を検討しましたか
これらのチェックリストはあくまで一般的な例です。ご自身の新規事業の性質や業界特性に合わせて、項目をカスタマイズすることが重要です。
リスクマネジメントは継続的なプロセス
リスクマネジメントは、一度行えば終わりというものではありません。事業の進行に伴い、新たなリスクが出現したり、既存のリスクの状況が変化したりします。そのため、定期的にリスクの特定、評価、対策、そして最も重要な「監視・レビュー」を行う必要があります。
事業環境の変化、進捗状況、顧客からのフィードバックなどを常に把握し、リスクリストや対策計画を最新の状態に保つことが、予期せぬ事態への対応力を高めることにつながります。
まとめ
新規事業におけるリスクマネジメントは、失敗を完全にゼロにすることは難しいとしても、その可能性を大幅に低減し、万が一問題が発生した場合の被害を最小限に抑えるための不可欠な「準備」です。
本稿で解説したリスクの特定、評価、対策という基本プロセスは、新規事業担当者がリスクに体系的に向き合うための道筋を示します。これらのステップを丁寧に進め、チェックリストなどを活用しながら具体的に検討することで、不確実性の高い新規事業においても、より堅実な一歩を踏み出すことができるでしょう。
リスクマネジメントを単なる「作業」として捉えるのではなく、「事業を成功させるための重要な活動」として位置づけ、継続的に取り組むことが、情熱をかけたビジネスを安全に進める鍵となります。